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介護する人のケアが最優先|自宅で親を看取るための心の準備

昨今、ご自宅での看取りが急速に増えています。自宅で介護している人は、自分だけが重い責任を背負わされているような孤独を感じていらっしゃるかもしれません。ですが日本全体がそうした時代の変化の中にいます。

介護する人のケアが最優先
自宅で親を看取るための心の準備

1.これからどうなるの?日本の人口

戦後のベビーブームに生まれた団塊の世代が70歳を超えたことはご存じのことと思います。1947年~1949年の3年間に生まれた人は800万人でした。

予備軍を含めた65歳以上では、2021年時点で3600万人です。他の年齢層や全体数は減少しているのに、65歳以上だけが増加しています。厚生労働省は死亡者数のピークを迎えるのは2040年で、年間160万人亡くなると予測しています。

現在の日本の人口動態では経済回復の見込みがなく、絶対的に厳しい状況です。日本の超高齢化は世界中の先進諸国の将来図だと言われ、諸外国は静かに日本の動向を見守っています。日本はどういう道を歩むのでしょうか。


※第1回 新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会より

2.急激な死亡者数の増加

ところが、厚生労働省の予測に違いが生じて来ています。
2019年、2020年の死亡者数は約130万人。
2021年、2022年は約140万人、2023年は157万人
そして2024年は161万人と、早くも160万人を越えています。
予測では2040年だった年間死亡者数に、現時点で到達しているのです。

当然ながら介護施設のベッド数は追いついておらず、自宅で亡くなる方が急速に増えています。比較的低額で入居可能な老人保健施設は、2024年時点で27万人が入居待ちになっています。したがってご家族が看取るケースが急激に増えていきます。

「2035年に47万人が死に場所難民になる」と言われていますが、その状況は今年来るかもしれないのです。


※厚生労働省/人口動態統計速報(令和7年10月)より

3.本当にケアが必要なのは「介護する人」

日本の介護は「介護を受ける人」に焦点が当てられています。もちろん当人も辛い状況だと思いますが、介護する人は子育ても家事も就労も抱えていることが少なくありません。

ですが殆どの人が、しんどさや辛さを口にしないのです。もう言っても仕方がない、言い争うのも愚痴を言うのもしんどい、私がやるしかないんだ…と、自分で抱えている人が大勢います。その結果、虐待や介護自殺などの問題に発展していくことが少なくありません。その原因はおそらく、親の介護を美化しているメディアや社会の風潮です。

私が「心から看る介護と認知症」のお話会を行っていたのは4~5年前ですが、その頃から看護師や介護士にも自宅で介護している人が珍しくなくなっていました。仕事で介護、家に帰っても介護という状況は、自分が生きている目的を見失ってしまうほど厳しい毎日です。

「介護はできる範囲でいい」「もし介護が至らず両親が感染したり亡くなったとしても、それはあなたのせいじゃない」と私は言い続けて来ました。また「苦しいかもしれませんが、社会との関係を断ち切らないでください」と言って来ました。

10年後20年後を考えてほしいのです。親は自分より先に亡くなります。そのとき社会との関係を失っていたら、仕事もない、友だちもいない、パートナーもいない、趣味もない、お金もない…となり、自己価値を見失って自殺してしまう恐れが生じるのです。

政府はこの30年間、介護問題も少子高齢化の問題も解決できませんでした。そして次に押し寄せる波は看取りです。私たちは今までの経験を活かし、もっと上手に乗り越えることができるのではないでしょうか。

4.看取りをする家族のケア

戦前までの日本は、自宅で自然な形で亡くなることが普通でした。ご近所のおじいちゃんやおばあちゃんの最期をそばで見守ったり、葬儀のときはご近所さん総出でお手伝いすることが習わしでした。また地域のお寺などで葬儀を行うため、子供は死に触れる機会が身近にありました。

ところが戦後になって急速に病院が増え、1970年頃から病院で最期を迎えることが当たり前になり、家族が自宅で看取ることはほぼなくなりました。ですがこれから先は施設や病院のベッド数が絶対的に不足していること、また感染症の問題から、否応なく自宅で最期を迎える人が増えます。

ということは、看護師や介護士などの専門職でない家族がお看取りを行うことになります。そして最近は「最期ってどうなるの?」「親の看取りどうしたらいいのか考えるわぁ」という声をよく聞くようになりました。私たちはそろそろ、命と向き合う準備をせねばならない時に来ているようです。

5.看取る人を守るシステムづくり

介護は、思いを人と共有することができず、一人で抱えてしまったために自己犠牲をたくさん生んでしまったように思います。ですが今は暮らしの中にインターネットがあり、人とつながりやすくなったことから、思いを共有できるかもしれないなぁと思います。

他の人がどんな考え方をしているのか?とか、他の人がどんな経験をしているのか?とか、看護師の経験を共有するとか、情報交換がもっとできるのではと思います。どうでしょう?興味ある人いらっしゃるでしょうか。

病院で私たち看護師が看ている最期は、とても苦しいものです。それは死に抗うからで、さまざまな施しをすればするほど最期は厳しくなるのを経験的に感じています。きっとご家族が心穏やかにいれば、自宅での最期は穏やかな時間になるのではないかなぁと思います。

死と向き合うことは怖いものです。私自身は看護師でありながら死の意味がわからず、人が死なない病棟ばかり選び、死に背を向けて働いていました。けれども父が身をもって死の意味を教えてくれたように思います。その後は介護施設で働けるようになりました。

この世に無意味なものは存在しないと思います。その人の死に意味を見出すことができるのは家族だけ。医療者にご家族の代わりはできない。ただ、看護は命の誕生から死まで寄り添う高次元の概念です。ご家族と共に、死に寄り添うことができればと思います。

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