ガンは時間を与えてくれる病|余命1ヶ月の告知を受けた父《3》
今回も告知の話が続きます。お辛い状況の方は気持が落ち着いているときにご覧ください。
前回、外来で告知を受けたときのことを書きました。ご覧くださり有難うございます。
今回は入院後の告知について書いています。
前回の記事はこちら
生と死の狭間で葛藤する家族の心情|余命1ヶ月の告知を受けた父<2>

1.入院して10分後の予想外の展開
大きな窓ガラスから明るい日差しが射しこむ、4人部屋に案内されました。都会の中の公園のそばにある高層の建物で、見晴らしのいい窓際に父のベッドが用意されていました。病院では入院するとまず、アナムネと言って、これまでの経過や日常生活についてさまざまな情報をとります。挨拶に来てくださった主治医の先生2人は男性と女性で、どちらも30代か40代。優しそうな先生で、寝る間を惜しんで勉強しているような印象でした。
そして担当の看護師さんとも挨拶を交わし、これからたぶんアナムネ聴取が始まるんだろうなぁと思っていると…、廊下の近くにいた私に主治医の先生が声をかけてくれました。「ご家族にだけお話したいことがあるんですが。向こうの部屋でよろしいですか?」と。一瞬フッと何かが胸をよぎったような感覚を感じながら、私は急いで叔母と夫を手招きで呼びました。
5~6人が入れる小部屋の奥に主治医の先生2人横に並んで座り、その向かいに私と叔母が、後ろに夫が座った。(なんだろ?なんだろ?)(こんな予定聞いてないよ…)と思いながら、病棟で数えきれないほど同じような場面に立ち会って来た経験が頭をよぎる。全身が心臓になったようにバクバクする。
先生が話し始めた。「お父さんの病気は〇〇がんです」そして内臓の絵を書きながら、父の病状を説明し始めた。(え、原発がもうわかってる…?!)原発(※最初のガンの発生場所)を調べるために急いで入院しましょう、ということだったのに。
(どういうこと?!)と戸惑いながら、医師の口から出る一語一句を逃さないように神経を集中する。そして一通りの説明を終えた後、医師は少し間を置いて私の顔を見て言った。「残念ながらこのガンは有効な治療がありません。すでに転移していて、手術できない場所です」
(え・・・)ピーンと空気が張り詰めた。私の左隣で、曲がった腰でうつ向いて座っていた叔母が「え?!治療する方法がない…?!」と驚き、小さな目を見開いて医師を見上げた。
それから医師はなぜ治療法がないのか説明し始めた。慎重に言葉を選びながら、とても丁寧な説明だったと思う。私は意識が遠のきそうになりながら、今聞いておかないと…と、納得できるまで質問を繰り返した。
そして、なかなか言い出そうとしない医師に私は尋ねた。「余命はどれくらいですか…?」すると医師は「はっきり言えないんですが…、おそらく数ヶ月です」
今後の進行しだいで、2~3ヶ月から場合によっては半年…という返事だった。父はまだ嘱託として会社勤めをしており、会社の健康診断で異常値があったことでガンが見つかったが、本人の自覚症状としては微熱だけだった。それなのに後半年って…!医師に返す言葉が見つからなかった。
そして気づいた。(そうか、この告知をするための入院だったんだ)(父が自暴自棄になって唐突な行動に出ないように、あえて入院してから告知することにしたんだ…)(原発はもうわかっていたんだ…!)
泣き崩れた叔母を夫が後ろから支えてくれていたのが有り難かった。そして本人より先に家族に伝えてくれたこと、若い二人の医師の配慮と優しさを有難く感じた。
2.告知するかどうか決めるために大切なこと
医師が尋ねてくれた。「お父さんは告知を希望していらっしゃるようですが、私たちからお話しますか?それともご家族から話されますか?」
私はそのとき、なぜか迷いがなかった。自分でも驚くほどキッパリと返事をした。「私たちから話しても信憑性が無いので父は信じないかもしれないので、先生から話してください。その代わり、その日から3日間は家に外泊させます。私たちがそばに付きます」と。…なんだろう?まるでこの状況を予測していたかのように、明確な答えが自分の中にあった。
私は言葉を続けた。「父は以前から『何かあったらちゃんとわしに言うてや。自分の人生なんやから』って言ってました。告知しなくてもいずれ気づくと思うので伝えた方がいいと思います」と。そして翌日、父に伝えることになった。しかしながら部屋を出てすぐに父のところには行けず、私たちはしばらく廊下で立ったまま狼狽していた。手摺りにつかまりながらうなだれる叔母に掛ける言葉がなく、背中に手を当てることしかできなかった…
20年ほど前のことです。今は父のように自ら告知を望む人が増えていますが、その頃は告知をする人はまだ少なかった時代です。どちらかと言うと家族が怖がって、本人には言わないでくださいということが多かった。命の時間を告げることは、家族にとっては背負いきれないほどの負担なのだと思います。
ですが看護師としての目線で意見を言わせていただけるなら、入院して検査して治療して、副作用に耐えて頑張っているにも関わらず病状が悪化していくのは、何よりも本人が辛いだろうと思います。主治医に対しても、家族に対しても、自分の身体に対しても不信感が募るばかり。その状態で人生の幕を下ろすのは、その方が酷ではないかと感じます。
ほとんどの人が「告知するか、しないか」で迷われると思います。ですが肝腎なのはそこではないように思います。告知した後、支えになる人がいるかどうか。支えになる人がいれば告知をすればいいし、支えになる人がいないなら告知しない方がいい。必ずしも家族が支えにならなければいけないわけではないと思う。もしかしたら、それまでの家族との関わりが現れるかもしれない。それは仕方のないこと。病気は自分が関わってきた人間関係を表面化するのです。
命の宣告を受けた人がどんな心境になるか、少なからず看護師の経験から予想できます。そして父の性格を考えると、それがいちばんだと思い、同時に私自身も後悔のないよう出来る限りの関わりをしようと覚悟をして、医師に父への告知をお願いした。
3.時間が与えられる病気
今の日本では、毎年約100万人がガンを発症しています。ということは、家族を含めると毎年少なくとも100万人以上の人が、こうした想いを経験していることになります。
たくさんの病気を診ている医師に対するアンケートがあります。「あなたがもし病気になって死ぬなら、どんな病気がいいですか?」という質問でした。医師が人生の最期に選ぶ病気は、どんな病気なのでしょうか?
それは「ガン」なのだそうです。
その理由の多くは「人生を整理する時間があるから」。
そう、命の残り時間を告げられるということは、
唯一『時間が与えられる病気である』ということ。
その時間に何をして、何をしないか。そして何を消去し、何を残すかー。
時間が限られたからこそ、本当の自分に気づくことができる。その時ようやく人生を取り戻し、本当に大切なことを大切にできるるようになり、健全な心を取り戻すことができるのかもしれません。
4.仮面を脱いだがんサバイバー
以前、「がん治っちゃったよ!全員集合!」というイベントが全国各地で行われていました。コロナ以降は規模を縮小し、今はあまり活動していないようですが、開催しているときは数百名~千名くらいのガン患者さんが集まっていました。
実際は"治ったかどうか"ではなく、治そうとしている方たちが集まっていました。発起人の杉浦貴之医師は28歳のとき腎臓がんで余命宣告を受け、それから20年以上生きていらっしゃいます。シンガーソングライターとして活動されているようです。
がんサバイバー・命を歌うシンガーソングライター<2>
直接会って聞いたわけではありませんが、イベントの光景やインタビュー動画拝見したことがあり、おそらくそこに集まっている方々は、"生き方を変えた人たち"が集まっている印象を受けました。
食生活をが変えた、毎朝歩くようにしている、毎月お墓お参りをするようになったなど、わかりやすいのは行動の変化です。ですがその結果、今までより家族を大事にしたり、今までより自分を大事にしたり、仕事より楽しみを優先したり。何か得ることより想い出を大切にしたりと、物質的なものよりも目に見えないものを大切にしているようでした。
命の時間を限られたからこそ、それまでの考え方が変わり、在り方が変わったのだろうと思います。杉浦医師は「仮面を脱ぐことだ」とおっしゃっていました。
5.本当の自分に戻る時間
杉浦医師がおっしゃっている"仮面"とは、1800年代後半に心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した「ペルソナ」のことです。聞いたことがあるでしょうか。
仮面を付けていることが悪いわけではありません。円滑な社会生活を営むため、すべての人に必要な仮面です。ただ問題となるのは、多くの人が「仮面の自分」と「本来の自分」を混同してしまっていることです。
私たちがそうした社会向けの仮面をつけているのは、その役柄を演じることで何かを得るため、もしくはより良い社会関係を維持して生きやすくするためです。そして、その自分を自分自身だと思い込んでしまうことで、"本来の自分"を押し殺して生きてしまいます。この状態はとても危険であると、ユングは警鐘を鳴らしています。
身体は、そうして盲目になってしまった自分に(そのままじゃダメだよ)(そうじゃないよ)(早く気づいて)と無言のメッセージを送ってくれているのではないかと思います。ですが私たちは、身体という内なる神を知らないために無視し続けています。
そうして、いよいよ命の残り時間を告げられたとき。初めて本当に大切なものに気づくのではないでしょうか。本当にやりたいこと、本当に好きなこと、本当に大切だと思うことは何か。
ということはー
余命宣告を受けるということは、ある意味肯定的に受け取ることもできます。それまでの自分のままだったら、いずれ後悔することになっていたかもしれない。もしかしたら死ぬ直前になって気づいたかもしれない。
ならば身体が病気をもってして、本当の自分に気づかせてくれたとしたら、それは有難いことかもしれません。
そうして「自分自身を受け入れる=病気を受け入れる」ができた人は、闘病ではなく病気を自分の一部として生きていくことができるようになります。すると不思議ですが、病気は急激に悪化しなくなります。たとえ悪化したとしても、あまり恐怖を感じないので、緩やかな経過をたどります。
私たちは死ぬ時期を自分で選ぶことはできませんが、本質の自分に気づいた人だけが、ほんの少しずつ最期の時を遠ざけることができるのかもしれません。


