億兆の人を思いやる心 / 日本は稀有な国②
『歴史は勝者がつくる』
このことに今更ながら気づいたことを恥ずかしく感じます。
負けた方は口をつぐみ、勝った方が都合のいいように語る。
憤りを感じながらも、貝のように口を閉ざさねばならなかった側の葛藤は計り知れないものがあります。
その念が魂となり、重さになって天に昇華できず、その御霊は彷徨うのです。
現代人が疲れてしまっているのは、憑かれているからかもしれません。
天皇が公にご意志を示されることを詔(みことのり)と言います。
天皇の御言(みこと)を宣る(のる)という意味です。
終戦の詔勅(しょうちょく)は玉音放送でご存じの方が多いかもしれませんが、開戦の詔勅もあります。
日本がいったいどんな国なのか、御自身を知る一助になればと思います。
開戦の詔勅
天の神々のご助力を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、
はっきりと忠誠にして武勇ある汝ら国民に示す。
朕(ちん)はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。
朕の陸海軍の将兵は、全力を奮って交戦に従事し、政府関係者、官僚、役人のすべては、つとめ励んで職務に身をささげ
国民はおのおのその本文を尽くし、億兆の心をひとつにして、国家の総力を挙げ、
攻め戦う目的を達成するために、手ちがいのないように心がけよ。
そもそも、東アジアの安定を確保し、それをもって世界の平和に寄与することは
大いなる明治天皇と、その大いさを受け継がれた大正天皇が構想されたことで
遠大なはかりごととして、朕も日頃かたときも忘れず心がけていることである。
よって各国との交流を篤くおこない、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要諦とするところである。
ところが今や、不幸にして露国との争いを開始するに至った。
まことにやむをえない事態である。
どうしてこれが朕の本意といえようか。
中華民国政府は、以前より帝国の貞意を理解せず、みだりに紛争を起こし、東アジアの平和を撹乱し、
遂に帝国に武器をとらせる事態にいたり、現在まで四年が過ぎた。
幸いに国民政府は、汪清衛南京政府に新たに変わった。
帝国はこの政府と善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するに至ったが、
重慶に残存する蒋介石政権は米国の庇護を当てにし、兄弟であるはずの南京政府といまだに相互の境を挟んでせめぎ合う姿勢を改めない。
米英両国は蒋介石政権を支援し、東アジアの戦禍と混乱を助長し、
平和の美名に匿れ(かくれ)、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。
あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周辺において軍備を像鋸牡牛、我が国に挑戦し
更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え、ついには禁輸措置を意図的におこなって帝国の存続に重大なる脅威を加えている。
朕は政府をして、そのような事態を平和の裡(うち)に解決させようと、長い間隠忍したのだが、
米英は寸毫も譲り合いの精神を持たず、むやみに事態の解決を遅らせ先延ばしにし、その間にもますます米英による経済上、軍事上の脅威は増大し続け、
それによって我が国を屈服させようとしている。
このような事態がそのまま推移したならば、東アジアの安定に関して、我が国がはらってきた積年の努力はことごとく水の泡となり、
帝国の在立も文字通り危機に瀕することになる。
ことここに至っては、帝国は今や自在と自衛の為に決然と立ち上がり、
米英による一切の障礙(しょうがい)を破砕する以外に道はない。
皇祖皇宗の神霊は天にましまし、朕は汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、先祖の偉業を押し広め、
すみやかに米英による禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。
御名御璽
昭和十六年十二月八日
■画像は芝蘭堂さんより
■参考サイト
<宣戦の詔勅>
国立公文書館アジア歴史資料センター
<日本人なのに知らない衝撃の事実!開戦の詔勅>
YouTubeより
<開戦の詔書>
こちらの動画ではマッカーサ元師の通訳官パワーズ少佐が、昭和天
YouTubeより
終戦の詔勅
朕(ちん)は深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾しようと思い、ここに忠良なる汝(なんじ)ら帝国国民に告ぐ。
朕は帝国政府をして米英支ソ四国に対し、その共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させたのである。
そもそも帝国国民の健全を図り、万邦共栄の楽しみを共にするは、天照大神、神武天皇はじめ歴代天皇が遺された範であり、朕は常々心掛けている。
先に米英二国に宣戦した理由もまた、実に帝国の自存と東亜の安定とを切に願うことから出たもので、他国の主権を否定して領土を侵すようなことはもとより朕の志にあらず。
しかるに交戦すでに四年を経ており、朕が陸海将兵の勇戦、朕が官僚官吏の精勤、朕が一億国民の奉公、それぞれ最善を尽くすにかかわらず、
戦局は必ずしも好転せず世界の大勢もまた我に有利ではない。
こればかりか、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、多くの罪なき民を殺傷しており、惨害どこまで及ぶかは実に測り知れない事態となった。
しかもなお交戦を続けるというのか。
それは我が民族の滅亡をきたすのみならず、ひいては人類の文明をも破滅させるはずである。
そうなってしまえば朕はどのようにして一億国民の子孫を保ち、皇祖・皇宗の神霊に詫びればいいのか。
これが帝国政府をして共同宣言に応じさせるに至ったゆえんである。
朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力した同盟諸国に対し、遺憾の意を表せざるを得ない。
帝国国民には戦陣に散り、職場に殉じ、戦災に斃れた者及びその遺族に想いを致せば、それだけで五内(ごだい)引き裂かれる。
且つまた戦傷を負い、戦災を被り、家も仕事も失ってしまった者へどう手を差し伸べるかに至っては、朕が深く心痛むところである。
思慮するに、帝国が今後受けなくてなたない苦難は当然のこと尋常ではない。
汝ら国民の衷心も朕はよく理解している。
しかし、ここは時勢のおもむくところに従い、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、太平の世への一歩を踏み出したいと思う。
朕はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実とまごころを信頼し、常に汝ら臣民とともにある。
もし、事態にさからって激情のおもむくまま事件を頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道を踏みあやまり、世界の信義を失うがごとき事態は、朕のもっとも戒めるところである。
そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いということを思い、
持てる力のすべてを未来への建設に傾け、
道義を重んじて、志操を堅固に保ち、
誓って国体の精髄と美質を発揮し、
世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ。
汝ら臣民、以上のことを朕が意志として体せよ。
御名御璽
昭和二十年八月十四日
■画像はまとめneverさんより
■参考サイト
<終戦の詔書>
『別冊正論』24号「再認識『終戦』」より
<玉音放送を現代語訳に>
HUHHPOSTより
<終戦の詔勅(玉音放送)音声・現代語訳付き>
YouTubeより
億兆の人を思いやる心
詔勅とはいえ、非常に親しみのこもった文章ではないでしょうか。
「どうしてこれが朕の本意といえようか」
「しかもなお交戦を続けるというのか」
「手ちがいのないように心がけよ」
「世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ」
御自身の気持ちを素直に言い表され、事態に対する国民の心構えを御教示されています。
国民と天皇が一つだったことを感じさせる文面です。
一部には反発もあったことかと思いますが、殆どの国民は天皇が申されることに異存なく従っていたことが、前後の背景から想像に容易いですね。
なぜ日本はこういう国だったのでしょう。
天皇が学ぶ言霊学には「大御宝」(おおみたから)という教えがあります。
国の幸せは民の幸せによってもたらされるのだから、民は国の宝で
その美しい心が御霊となって代々天皇に引き継がれ、
身魂(みたま)が磁石のように国民の心を惹きつけ、天皇と一体だったのです。
また「大御心」(おおみごころ)という教えもあります。
すべての人を思いなさいという教えです。
よって2680年前の神武天皇の建国より、代々の天皇は国や土地を整備して国民の幸せをいちばんに尽力されました。
ゆえに国民にとって天皇の存在は絶対的かつ「神聖」だったのです。
(画像:Wikipediaより)
開戦の詔勅には「億兆の心をひとつにして国家の総力を挙げ」とあり、
終戦の詔勅には「一億国民
そして前回の記事<万人を救った天皇の言葉>では
「罪なき8000万人の国民が住むに家なく着るに衣なく」と仰っています。
ところが終戦当時、戦争で日本を離れているものや原爆で多数の命が奪われたこ
8000万人の国民、一億国民、億兆の心…
天皇はどんな背景をご覧になっていたのでしょうか?
どうやらそれは日本だけではないようです。
日本が戦争を始めることになった所以…
当時、武器を持つ先進国から植民地にされ奴隷のように扱われていた発展途上国や有色人種から、日本軍は救世主のように慕われていました。
日本は明治開国より、古来の教え「大御宝」「大御心」を自国に限らず世界に広げていました。
天皇の言葉、その陰には世界の平和を願う御心があり「億兆の」と仰っておられたのでしょう。
(画像:かつて日本は美しかったさんより)
日本は稀有な国です。
ご覧くださりありがとうございました。